結局はラブでしょ

「何を言うかよりも、誰が言うかが大事」という言葉がある。

基本的に僕は断定口調が好きではない。この世の全ての事象はグラデーションであり、両極端に分けることは難しいからだ。しかしごくごくたまにこの人たちになら断定されてもいいと思える存在が現れる。それは音楽を通してであることが多い。

椎名林檎が「この人生は夢だらけ」と歌えば「夢だらけなんだろうなぁ」と思うし、 小沢健二が「僕は思う!この瞬間は続くと!いつまでも」と歌えば「続くんだろうなぁ」と思うし、 アンジュルムが「作ろう!まばゆい愛の時代」と歌えば「作るしかないなぁ」と思う。

細かいことをぶっとばして有無を言わさずそうであると思わせてくれる曲を僕は日頃から探している。

今日久しぶりにそんな一曲を発見した。

僕はここ数カ月ずっと「なぜ結婚をするのか」「なぜ子供を作るのか」について考えている。

中学生の頃から「結婚して、お金稼いで、子供作って、教育して、俺が黒糖家を繁栄させるんだ!」と周囲に言っていた僕だが、好きな女性に言われた「結婚とか子供とか興味ないんだよね」の一言でその信念が音を立てて崩れた。(その女性には繁栄の話は言っていない)

そもそも僕はなぜあんなに結婚がしたかったのだろう。なぜ子供が欲しかったのだろう。やりたいことが山ほど残っているのに。自分の時間とお金と精神力を削ってまで。

超高齢化社会で若者の負担は増えていくばかり。その解決策は特になく、子育て支援も十分とは言えない。これから先に生まれる子供たちは僕ら以上に苦労することだろう。

女性はこれに加えて姓やキャリアを奪われて家事を押し付けられてきた。これらは見直される時代が来ているにしても、子供を作るとすると出産という生死をかけたイベントが発生する。

僕に関して言えば周囲からの刷り込みの影響がかなり大きい。黒糖家ではいとこも含めて僕が唯一の男性であるため、小さい頃から跡取り息子として親戚の愛を一身に受けて育ってきたのだ。

考えれば考えるほどに必要性が分からなくなってくる。

 

そこで僕は様々な既婚者に話を聞くことにした。

20人ほどの既婚者に聞いて分かったことだが、社会からの圧力で結婚し、ノリで子供を作っている人がめちゃめちゃ多い。

「風邪引いて寝込んでいる時に看病してもらったから」「結婚して一人前みたいなところがあるから」「周囲に結婚結婚言われるのがめんどくさいから」「自分が子供時代幸せだったから」「自分の限界を悟ったから」「ふたりの愛の結晶が欲しくなったから」

全くもって納得できないものばかりで落胆した。僕は考えてはいけないパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。

 

そんなことをモヤモヤ考えていたら、春日と若林と山里とバカリズムと洲崎綾が結婚した。

僕の大好きな人たちが、僕がなぜするのか分からない行動をとる。

これは想像以上にショックが大きく「結婚ってそんなにいいもんなのか、、、」と僕のモヤモヤをさらに加速させていった。

 

アメリカとイランのニュースで鬱屈とした今朝、ランニングをしているとSpotifyのシャッフル再生から流れてきたのが、愛のテーマ/毛皮のマリーズだった。

「ねえ結婚しようよ!」 「子供をつくろうよ」

…こうして 世界はひとつになるのだ!

BGMとして聞き流していたが、このフレーズでふと耳を奪われる。

レッツ・シング・ア・ソング 歌を歌おう

僕と君とで 世界のために

レッツ・シング・ア・ソング 歌を歌おう

この素晴らしい世界のために

歌詞を全て聞けば分かるがここでいう「世界」とは「僕と君」によって定義された二人だけの空間のこと。

離ればなれの「僕と君」が誰の力も借りずに出会い、距離を縮めて結婚して子供を作って「世界」を一つにする。そのためにレッツ・シング・ア・ソングしようやないかと。そういう歌だ。

無茶苦茶な歌だなぁと思いつつ、ものすごく心が救われた。

根拠とかないけどたぶんそうなんだろう。そう思うことにしよう。

 

たぶん結婚や子供に対する明確な答え(賛否どちらだとしても)はもう少し時間が経過しないと見つからない。

それまで僕はシング・ア・ソングしようと思う。

この素晴らしい世界のために。

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