想像ラジオのススメ

2011年3月11日からはや8年が経った。

多くの人が祈りを捧げ、当時の様子を世に伝え、風化させないように努めている。

Yahoo!をはじめ様々なサイトで復興支援の窓口があり、僕も何度か利用させていただいた。

しかし「僕は自然災害にいかに向き合うべきか」に対する答えがいまだに出ずにいた。

カイジというマンガに兵頭という極悪非道な老人が出てくる。

足の折れた人の骨折箇所を杖でビシビシと叩き、「わしは痛まない」と言い放つ。

つまるところ僕の自然災害に対する感覚は悲しいがこれと近い。

津波の映像や仮設住宅の映像を見ると心が痛むし、できることを何かしらせねばとは思う。

地震ではないが台風被害のあった岡山のボランティアに参加してみたこともあるし、その時に被災者の話を聞かせていただいた。

しかし結局のところ僕は被災した経験がないのだ。

東日本大震災は東京の中学の教室で経験したがせいぜい電車が止まった程度で、学校に泊まれるイベントとして楽しかった思い出ですらある。

被災者の方も僕に被災して欲しいなんて思っていないだろうし、僕もしたくない。

けれどもなんとなく胸に残るこの罪悪感を無くすには僕は何をしたらよいのだろう。

そんな時に姉に勧められた本が「想像ラジオ」(著いとうせいこう)だ。


深夜二時四十六分。海沿いの小さな町を見下ろす杉の木のてっぺんから、「想像」という電波を使って「あなたの想像力の中」だけで聴こえるという、ラジオ番組のオンエアを始めたDJアーク。その理由は―――。

河出文庫裏表紙

この物語は全五章からなる。

第一章はDJアークと名乗る人物による「想像ラジオ」を文章を通して聞くことになる。このラジオはリスナーの想像力によって脳内に聞こえるというもの。このラジオを聞きつけたリスナーからお便りが届いたり、アークの好きな音楽をかけたりといわゆるラジオといった様子。自分がなぜ杉の木の上で仰向けになったまま放送しているのか、嫁と息子はこの放送を聞いているのかをしきりに心配する。

第二章は第一章とは違う世界の話で、福島でのボランティアを終えた5人の男たちの車内での会話。ボランティアは被災者や死者とどう向き合えばよいのかについての議論が行われる。それぞれの持つ価値観の違いがぶつかるシーンがあるが、みな一様に生き残ったことへの罪悪感を抱えている。

第三章は第一章の続きで、想像ラジオが成仏できていない死者にだけ聞こえるラジオであることがリスナーのメールで分かる。これにより嫁と息子が生きていると分かり安堵するも、自分が死んだことへの絶望に打ちひしがれるアーク。

第四章は第二章に登場する作家Sが震災によって亡くした自分の大切な女性と脳内で会話する。生きている人と死んだ人が会話をするという、いわば妄想に近いシーンだ。しかし作家Sが女性のことを強く思うことによって、脳内で彼女は生き続けるというひとつの答えを明示する。

第五章は第三章の続きで、嫁と息子の声が聞きたいと切望するアークにリスナーたちが「声を想像してみよう」と声をかける。強く強く念じた結果、アークは2人の声を聴くことに成功する。会話はできないものの、以前より低くなった声で父についての思い出を母から聞き出そうとする息子の様子を知る。満足したアークは無事に成仏し、想像ラジオは終わる。

 

僕はとても自己中心的な人間なので、募金をすることも、ボランティアをすることも、災害について知ろうとすることも、つきつめれば全て自分の罪悪感をなくすためにやっている。

自分が罪悪感を無くすために取る手段と、被災者の方々が幸せになるための手段の共通部分を選択しているつもりではいるが、どこまでいっても自分のためであるためこの罪悪感に終わりはない。

そんな僕にこの本は一つの解決策を提示してくれた。

現世に未練がある死者が想像力によって会話し、その中で自分なりの救いを見つけて成仏していく。

想像ラジオをやったことで救われたのは死者のアークだが、僕も死者の姿や考えを想像してラジオをやれば救われるのではないか?

 

久しぶりに震災の時の様々なニュースやドキュメンタリーや当時の映像を調べまくった。

非常に重苦しい気分になり、この人たちに自分はどんなラジオを届ければいいのか分からなくなった。最終的にはお酒をガバガバ飲んでフラフラの状態で一人マイクに向かってオンエアーした。

2019年3月11日14時46分

「黒糖のオールナイトニッポン!!!」

「こんばんは。あるいはおはよう。もしくはこんにちは。黒糖のオールナイトニッポンです。このラジオはまだこの世に未練たらたらのあなたに、あなたの想像力を電波にしてお届けしています。さっさと成仏しやがれ!」

 

なんとか2時間しゃべりきった。

自分で選んだ曲をかけたり、勝手に想像したリアクションメールを読んだりしてみた。

2時間やってみて分かったことは、このラジオをやることで「かわいそうな被災者」が「リスナー」になる。

これは僕にとってとても新鮮な経験だった。

今となっては日本各地にたくさんの友達を持った気さえする。

被災者の多くの心を癒した作品として評価されている「想像ラジオ」だが、一番癒されたのはいとうせいこう自身なのではないかなと思った。

 

募金するのもいい、ボランティアをするのもいい、自分なりに調べるのもいい、そもそも何もしなくてもいい。

でも少しでも胸に罪悪感があるならば、あなたなりの想像ラジオをオンエアーしてみてはいかがだろうか。

思ったよりあいつらは話を聞いてくれるし、反応もくれるし、なんならいじってくる。

今後も忘れたくない人が現れるたびに想像ラジオをオンエアーしてみようと思う。

この偉大な装置の発明に感謝。

 

未読では分かりにくい箇所が多々あったかと思います。

興味を持った方がいれば、ぜひ読んでみてください。

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